トップ農園について長盛園のあゆみ第一章 新しい枝分かれの発見

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第一章 新しい枝分かれの発見

 明治時代の初期までは、この島でも、平地は田んぼがたくさんあり、山には除虫菊、桃、さつまいもなどが植えられていました。家の周りには、牛、豚、鶏が飼われ、農耕用の馬もいました。島の中では、自給自足、今でいうと地産地消をしていました。

 みかんの苗木が入ってからは、徐々に田畑がみかん園に転換され、今では島の中に田んぼはすべてなくなりました。自給自足をやめて、換金作物のみかんだけを作るようになって数十年…

 私が生まれ、育った時代だが、島にはすばらしい自然がまだたくさん残っていました。子供のころからみかん作りを見ていたり、収穫の手伝いをしたりしていました。祖父が何事にも研究熱心な人物で、みかんの枝から新しい品種を見つけ、『俊成系温州』の名称で県内だけでなく、九州の新しい産地にたくさん植えられたと聞いています。祖父の功績が今でも私のみかん栽培への情熱として続いているような気がします。